秀樹の弟・妹オーディション!秀樹さんも審査員の1人だったの?

西城秀樹さんは、デビューから「芸映プロダクション」の一員として歌手を続けてきました。どんどんヒットを飛ばして順調で、人気も絶頂期な時に、1980年~1981年に「秀樹の弟・妹募集・新人歌手オーディション」が開催されることになりました。

この企画は秀樹さん自身が提案したわけではなく、「芸映プロダクション」が自社募集として出したものでした。

1979年秀樹さんが「ヤングマン」を大ヒットさせた翌年の1980年は、アイドルに変化が訪れるいわゆる変換期でもありました。

やはり何といっても1980年の大きな報道と言えば、山口百恵さんの電撃引退・結婚でした。百恵さんの引退で、1980年の新人歌手は1970年代のアイドルとはまた違った形で結構期待される歌手がどんどんデビューしてくる気配がありました。

そんな状況の中、秀樹さんの所属する「芸映プロダクション」でも1人でも多くの新人歌手を出そうと狙って、「秀樹の弟・妹オーディション」を企画したのです。

第1回目は1980年3月、決戦大会が行われ、秀樹さんも最終審査のメンバーの1人として加わりました。やはり秀樹さん、審査員の1人だったんですね。

そして決戦大会で石野真子さんのヒット曲「春ラララ!」を歌った河合奈保子さんが優勝し、同年6月「大きな森の小さなおうち」で歌手デビューを果たしました。

河合奈保子さんはその後、松田聖子さん、岩崎良美さん、田原俊彦さんなど、同期生となり、共に1980年代の新しいアイドル歌手として活躍するようになりました。

奈保子さんは先輩であり、兄でもある秀樹さんと暫くハウスバーモンドカレーのCMで兄妹として共演するなど色々活躍しました。彼女は「けんかをやめて」「唇のプライバシー」など、ヒットを飛ばし続けました。

2回目は1981年12月に決戦大会行われました。2回目の優勝は石川秀美さん。他に優勝者がいたのですが、秀樹さんが石川秀美さんを強く推薦し、結局秀美さんが選ばれ、1982年「妖精時代」で彼女はデビューしました。秀美さんの同期には、堀ちえみさん、早見優さん、松本伊代さん、シブガキ隊、中森明菜さん、小泉今日子さんなど「花の82年組」と呼ばれる中の新人の1人として仲間入りをしたのです。

河合奈保子さん、石川秀美さんの2人が秀樹さんの妹として、歌手デビューをし、まさしく1980年代の女性アイドルとして活躍しました。

秀樹さん、歌手をする傍ら当時新人歌手のオーディションの審査もするとはなかなかやりますね!奈保子さんも秀美さんも、秀樹さんを時には偉大な先輩として、時には本当の兄の様に慕っていました。

秀樹さん自身には本当の妹はいません。ですが芸能界に2人の妹を迎え入れることって出来るようで出来ません。

やはり秀樹さん、新人歌手の選出が優れてた事が分かります。奈保子さんは歌唱力がありましたし、秀美さんはスタイルがよくて、特に足が綺麗な女性でした。

それに奈保子さん、秀美さん共にヒット曲を出し、ベストテン入りもしています。さすが秀樹さん、2人の妹たちを人気アイドル、そしてヒットを出すことにも成功させています。

「芸映プロダクション」で秀樹さんは、重要な存在であることがよく分かりました。

現在の奈保子さん、秀美さんは共に結婚、出産を経て芸能界を引退しました。ですが彼女たちの子供達が今度は芸能界で活躍しています。

まさしく昭和アイドル・ジュニアと言えますね。